トゥイ大聖堂は思ったよりもずっと遠く、小高い丘の上にあった。30分足らずで着けると思っていたのに、1時間近くかかった。
4月に入ってから、2022年にサンティアゴ・デ・コンポステーラに一緒にゴールしたホセ・ハビエルとルイスに「ポルトガル人の道を歩くことにした」と連絡をした。すると、「同じくポルトガル人の歩く予定だったけど、まだ実現していないんだ。予定が決まったら教えて」と返事がホセ・ハビエルからあった。
その後、こちらの予定を連絡すると、ルイスから「ポルトガル人の道を歩く予定だったから一緒に歩こう。トゥイから合流できるようにするよ」と。ホセ・ハビエルは来られなかったけどルイスとはトゥイから一緒に歩くことになった。
待ち合わせ場所はトゥイ大聖堂の前。1年半ぶりの再会なのに、私は30分も遅刻した。
前日に国境のポルトガル側の町、バレンサに宿泊した。
国境の橋を渡れば街中に入って直ぐに大聖堂がある、と思っていたのに、地図には高低差が描いていないことを忘れていた。細い道をくねくねと蛇行しながら高い丘に向かう。坂道が長い。大聖堂に着くころには息が切れていた。
ルイスは大聖堂の前の建物の椅子に座ってぼんやりと待っていてくれた。多分待ちくたびれたのだろう。それでも、私を見ると立ち上がって「久しぶりだね」と優しいハグをしてくれた。ちっとも変わらない眼差しだ。
「また一緒に歩けて嬉しいわ。ホセ・ハビエルがいないのが残念だけど」。早速二人で写真を撮ってホセ・ハビエルに「今出会ったよ！」と連絡を入れた。
トゥイの大聖堂で巡礼手帳に巡礼開始のスタンプを押してもらい、二人で歩き始め、途中から一緒に旅をしている二人が合流し四人で歩き始めた。
ルイスはポルトガル人の道を歩く予定をしていて、いつ出発するかだけを決めかねていたらしい。そこに私の「ポルトガル人の道を歩く予定」の一報が入って「今だ！」と決めたそうだ。こんな偶然があるなんて。
ルイスの存在は私たちのカミーノにスパイスを与えてくれた。道中、その場所の蘊蓄を聞くのも楽しいし、レストランを選ぶとき、メニューを選ぶとき、良きアドバイスをくれる。日本人三人に交じって日本語の会話に入れずとも、ジッと日本語に耳を傾けていたと思えば、いきなり「ふーん、あっそう！」と完璧なイントネーションで合の手が入る。カミーノで出会う巡礼者には「日本人4人のグループなんだ」とスペイン語で自己紹介をするお茶目ぶり。
「今晩はアパートで夕食をするから、夕飯時に来て一緒に食べてね」と誘うと、美味しそうなチーズ数種類とマルメロのジャムを買ってきてくれた。僅か数日で私たちの嗜好をつかんでいるのだ。
アルメンテイラに着いた時、一休みに入ったカフェから出て行ったと思ったら揚げたてのチュロスを抱えて戻ってきた。外の移動販売の車で売っていたらしい。「揚げたてだから美味しいよ！」と。私たちはcafe con lecheと共に美味しく平らげた。
以前のエッセイにも記したが、ルイスには病気がある。ある時「体調は前回よりも良いくらいだけど、表情が乏しくなったみたいなんだ。そのせいで周りから誤解されることもあるんだけど。楽しくない訳じゃないんだ。表情が変わらないんだ…」とポツンと打ち明けてくれた。普段から淡々としているので気付かなかったけど、今でも病気と闘っていることを思い出させる一言だった。
今回のカミーノは雨が多かった。一日のうちでも猫の目の様にお天気がクルクルと変わる。その度に雨具を急いで着けることも多く、ルイスもポンチョを脱いだり着たりと忙しい。少し手が不自由になったルイスが濡れないようにと手を出すと、「奥さんが増えたみたいだ！」と笑う。でも手を出さずにはいられない趣きがルイスにはあるのだ。
素敵な写真をたくさん撮っていただいた
今回一緒に歩けなかったホセ・ハビエル、「一緒には歩けないけど、途中会いに行くよ！」と連絡をくれた。はたしてコンバロという町まで飛行機とレンタカーで奥様と二人で来てくれた。
レンタカーのトラブルで予定の時間よりも遅れて到着したホセ・ハビエルだったが、遠くからでも直ぐに分った。そして明るくて素敵な奥様を紹介してくれた。なるほど、ホセ・ハビエルの陽気さはこの明るい奥様と一緒にいるからか、と思わせてくれる素敵なカップルだった。
昨年は腰や足が悪くて歩くのも大変だったと奥様から聞いた。今回も連日カミーノを歩くのは無理だったようだ。それでも、あの陽気な笑顔が見れただけで十分嬉しかったし、わざわざ会いに来てくれたことに心から感謝した。
当日はノブコさんのお誕生日でもあり、夕食会は賑やかにコンバロのレストランで楽しく過ごした。
サンティアゴ・デ・コンポステーラに無事に到着した四人組。大聖堂前の広場での感動の到着は皆が感極まった瞬間だ。
サンティアゴ到着の夜、祝杯をあげたのだが、一緒に歩いていたノブコさんの提案でルイスとエンドウさんにサプライズを用意していた。カミーノの途中で購入したワッペン。ビートルズのアルバム、「Abbey Road」のジャケット写真（横断歩道を渡るシーン）を真似た四人の巡礼者が一列になって歩いているモチーフだ。
「四人で歩いた記念に私達からのプレゼントよ。一緒に歩いてくれてありがとう」
ルイスの眼がみるみる潤んで泣かせてしまった。そんなに泣かないで、というくらい泣かせてしまった。きっと大切にしてくれるだろう。
ご縁があって再会できる人々。遠くに住んでいても折々に思い出し、どうしているだろう、元気だろうかと心を寄せる人々がいることはとても幸せなことだと思う。
また会える日を心待ちにしている。
