ソウルメイト

Essay

「次にカミーノに行くときには一緒に行くよ!と約束していたのに...ルイスは僕に知らせずに黙ってカミーノに出かけたんだ。たまたま逢った家族に聞いてもう行ってしまったと初めて知ったんだよ。約束していたのに...」

ルイスとホセ・ハビエルは幼馴染み。ルイスとはオルニーリョス・デル・カミーノ辺りから度々会っていたが、二人そろって遇ったのはビリャフランカ・デル・ビエルソという町で一休みしてコーヒーを飲んでいる時だった。

ルイスはパーキンソン病を患っている。徐々に不自由になっていく自分の体を試すために彼は年に2回カミーノを歩く。そして自分の病気の進行状況を確かめるのだという。何ができなくなったのか、何がまだできるのか...その話しを聞いた時、人はどこまで強くなれるのだろうかと思った。本人の前で涙を見せるわけにはいかないので我慢したが、その意志の強さに感動して目頭が熱くなった。

ホセ・ハビエルとルイスは同じ村で生まれ育ったという。大の仲良しで今でも家族ぐるみの付き合いがある。少しずつ進行していくルイスの病気についてもよく理解している。だからこそホセ・ハビエルはルイスと一緒にカミーノを歩きたいと思っていたそうだ。それで前述のように一緒に行く約束をしていたのに...

後日ホセ・ハビエルが話してくれたのだが、彼がルイスに追いついた時、ルイスはそれまで無理をして歩いたようで足の具合もかなり悪くなっていたそうだ。ここで止めて帰るかちゃんと病院に行って手当てをしなければ「家族に連絡するぞ!」と半ば脅して病院に連れて行った。そして2日ほど休んでいたらしい。どうりでしばらくルイスを見かけなかったはずだ。

ビリャフランカ・デル・ビエルソ以降、度々二人に出会い、色々な話しをするようになった。カミーノの事、スペインの事、生まれ育った村の事など色々な事を教えてくれる。そして家族のことなども話すようになった。

二人はそれぞれの家族に連絡をしながら歩いているが、ある日ルイスの表情が冴えない。何かあったの?と聞くとルイスが話してくれた。自分がカミーノを歩くことを妻と娘は応援してくれているが16歳になる息子は反対しているという。自分のことが全部できるわけではなく、他人に迷惑をかけることが分かっていて歩くのはエゴイストだと。今日も家に電話したら妻と娘は電話口で“頑張って”と言ってくれたけど、息子は電話にも出てくれなかった、と本当に寂しそうに話した。
日本語では「情けは人の為ならず」という諺があり、このことを「息子さんに教えてあげたいわ」と説明したけどうまく伝わったかは分からない。


そういう私もルイスやホセ・ハビエルと一緒にいることで多くを学んでいる。二人を見ていると、ホセ・ハビエルはじっとルイスを見ていて必要なことだけに手を貸している。ルイスができそうなことは時間がかかっても見ないふりをして何気なく待っている。そしてお互いに言いたいことは言う。ルイスはルイスで「この人、僕に付きまとってしょうがないんだよね~。」と言いつつ楽しそうに二人で歩いている。傍から見ていると心からお互いを思いやり尊重していることが分かる。

サンティアゴ・デ・コンポステーラに着く前日もこの二人組は偶然同じ宿に泊まっていた。夜になると外では雷鳴が轟き土砂降りの雨が降っていた。「今晩これだけ雨が降れば明日はきっと晴れるわね。」と三人で楽観的に話しながら夕飯を一緒に食べた。明日はいよいよ巡礼が終わる。本当に長旅だったけど大聖堂に到達した時にどんな気持ちになるのか楽しみね。と語り合った。

最後の日、ピカピカのお天気の中を歩く予定だったのに、朝から大雨だった。階下のカフェで朝食を取っていると二人が下りてきた。「雨ね...」「でも、少し待てば晴れるかもしれないし」と話していると宿の女主人が「無駄よ!今日は大雨警報が出てるんだから」と希望を打ち砕く現実を教えてくれた。三人で一斉にスマホをみると、「スマホ見てもお天気は変わらないわよ!」とまたしても女主人が言う。諦めきれずにダラダラと朝ご飯を食べて荷物をまとめた。

二人組はまだ準備をしているようだったので、「先に行くわね。サンティアゴで会いましょう!」と私は雨の中果敢に歩き出した。途中、降ったり止んだりを繰り返して私はサンティアゴ・デ・コンポステーラに入った。新市街は意外に広く、なかなか大聖堂に近づかない。旧市街に入りやっと大聖堂の尖塔が見えるころには雨は小降りになり、雲の間から少しだけ陽光が差してきた。小さなアーチの門をくぐり、階段を下りると大聖堂前の広場に出た。とうとう着いたのだ。
大勢の人が広場にいた。記念写真を撮ったり、知り合いを見つけてハグをしたり。団体の観光客もたくさんいる。道中、大勢の人と出会ったのに、皆同じようなペースで歩いてきたのに、こんな時に限って誰にも会わない。知っている顔がどこにもいない。

一人寂しくセルフィーで写真を何枚か撮って、巡礼事務所に行こうと思った。ここで痛恨のミスに気付く。巡礼事務所の地図をバックパックに入れて配送で送ってしまったのだ。あちこちを探してうろうろしても分からず、疲れ果てて大聖堂前の広場に戻ってきた。

広場を最短距離で横断しようと真ん中を歩いていると、前からルイスとホセ・ハビエルがちょうど広場に入ってきた。二人とも雨よけのポンチョの裾を翻してやってきた。彼らも直ぐに私に気づいてくれたようだ。「着いたのね」と言うのが精いっぱいで三人とももう涙が止まらない。三人でハグをして達成感を分かち合った。ここでまた出会えたことを心から神様に感謝した。やっと落ち着いた頃に撮った写真もまだ三人で涙ぐんでいる。

「巡礼事務所が見つからなくて迷子になっていたの」というと、「事務所は後でいいよ。ここまで来たんだし、トモコはせっかく日本から来てるんだから記念写真をたくさん撮らないとね。」とフォトスポットを熟知しているルイスに教えてもらって何枚もの写真を撮った。
この時に三人で写した写真は私の宝物だ。写真を撮りながら、道中の様々な場面が甦ってくる。三人とも雨で濡れた靴をこっそりベッドルームに持ち込んでヒーターで乾かしたこと、カフェでタルタ・デ・サンティアゴ(サンティアゴケーキ)を三人で食べたこと。ホセ・ハビエルのイビキがうるさくて道中で初めてイヤホンを使って寝たことなど次々に浮かんでくる。

思う存分写真を撮った後で巡礼事務所に行って三人まとめて証明書の発行手続きをしてもらった。カウンターでPCにデータの入力をしたが、背の低い私は爪先立って背伸びして入力していた、らしい。その後ろ姿がよほどおかしかったとみえ、ホセ・ハビエルにしっかり写真に映されている。その写真も私のお気に入りだ。


証明書をもらった後はパラドールのカフェでホットチョコレートとチュロスで到着を祝い、ミサが終わるのを待って大聖堂に入った。


ミサで炊いたボタフメイロの煙が未だ聖堂内に残る中で祭壇に近づく。ちょうどお日様が出たようで円形のバラ窓から明かりが差し込みボタフメイロの煙の中に鮮やかに円柱形の光が伸びている。
祭壇前で無事に到着しましたと詣でた後、聖堂内にあるサンティアゴの聖遺物が安置されている所に入り、心を込めてお詣りした。無事に巡礼を終えることができ、感謝しています。巡礼中に多くの人たちに出会い、助けてもらいました。彼らにもどうか大きな祝福がありますように。そして、この二人と巡り会わせていただきありがとうございました。

到着から3日間、昼間は別々に行動していたが、夜は一緒にミサに行き、夕食を共にして過ごした。ルイスは淡々と過ごしているが、どんな気持ちで歩き切ったのだろう。彼にとって巡礼はどのような意味があるのだろうか。

最後の晩、会いそびれてしまったのでメールを送った。「あなた達に会えなければ私の巡礼は全く違ったものになっていたと思う。二人に会えたおかげで私の旅はとても豊かで心満たされ、何よりも楽しく幸せな旅になった。心から感謝しているし、これからの二人の幸せを願っています。」
直ぐにホセ・ハビエルから返信がきた。このまま別れるのは寂しいから、一緒に晩ご飯を食べよう。いつもの店でもいいし、トモコが出やすい所でもいいよ」と。

“いつもの店”に行くと二人が既に待っていた。どうやらホセ・ハビエルはお腹の調子が悪いらしく、夕食が食べられないようだ。「本当は夕食を食べたくなかったんじゃない?」と聞くと横からルイスが「でも僕はお腹が減っているよ!」と旺盛な食欲を見せていた。

食事が終わるころふと外を見ると突然風が吹いて叩きつけるような雨が降っている。「小止みになったら帰らないとね。」

お別れの時が近づいていた。

最後に三人で写真を撮った。馴染みになったウエィターに「美男美女に撮ってね!」と写してもらったが、三人ともしんみりとした顔をしていたようだ。「もっと笑えないの?」と言うなりウエィターはクルッと後ろを向き親指を立てた自分を入れてセルフィーで映した。思いがけない突然の振る舞いに三人ともノリノリで応じている写真がある。

ちょっと沈んでいた気持ちが明るくなったところでお店を出た。


二人のホテルの前まできたところで、「また雨が降り出すといけないから急いでお別れだね。」とお互いにbesos y abrazos(キス&ハグ)で別れた。また必ず会いましょう!と言って。

年末にホセ・ハビエルから「来年、ポルトガル人の道を歩かない?」と連絡をもらった。年が明けて再びカミーノを歩けるかどうか検討したが、諸般の事情から今年はどうやら無理なようだ。

ホセ・ハビエルに私は今年はカミーノに行かれそうもないけれど二人がまたカミーノに出るのなら良き旅になることを願っている。私は日本国内で新しい旅をするので良かったら私のInstagramをフォローしてね、と連絡した。


返事はなかったけれど数日後にはホセ・ハビエルとルイスが私のInstagramのフォロアーになっていた。そして私が旅の写真をアップする度にいいね!を押してくれる。ITやSNSの発達と共にその弊害も指摘される昨今だが、こんな素敵な繋がりも作ってくれる。

来年、たとえ一緒に歩けなくても私はまたカミーノに戻りたいと願っている。

※Instagram tomoko0618_60s