最強のイサベル

Essay

少し前を私と同じような背格好の女性が歩いていた。赤いキャップに赤と黒のウインドブレーカーを着て、颯爽と歩いている。早朝、少し日が昇ってきたころだ。

追い越し際に「Hola, buenos días. Buen Camino、おはよう、よい巡礼を!」と声をかけると、「どこから来たの?」と話しかけられた。

イサベルはポルトガル人。70歳だった。髪の毛をベリーショートにして、無駄な体脂肪など一切ないような引き締まったスリムな体型。私は日本からきて一人で歩いているというと、彼女は自分の話しを始めた。

2年前にご主人を亡くした。ずっと元気で、二人でバイクのツーリングもしていたという。近々二人でスペインの巡礼路を歩こうね、って言っていたのに、私は一人残されてしまったの、と。それで、いつまでもパンデミックなんて言っていられないので、一人で巡礼路を歩くことにして、準備も済ませたところで家族に打ち明けたら、妹が「あなたを一人で行かせる訳にはいかないわ」と言って、自分は歩けないからと彼女の夫のペドロをお伴につけてくれたそうだ。「ペドロもいきなり巡礼に行って、って言われてもさぞかし迷惑よね、アハハ!」と陽気に笑う。ペドロは一緒に歩かないの?と聞くと、それぞれのペースが違うから途中のカフェで待ち合せたり、宿で待ち合せたりしているらしい。どうやらペドロは歩くのが早いので、先に行って公営の巡礼宿の順番取りをするのもお役目らしい。

朝日が美しくなった。「記念に一緒に写真を撮りましょうよ!」といわれて、お互いにセルフィ―する。先のカフェまで一緒に歩いて朝食を共にした。そこに噂のペドロもやってきて皆で朝からトルティーヤと生ハムのボカディージョ(サンドイッチ)でしっかり腹ごしらえをした。

ウインドブレーカーを脱いだイサベルはランナー用のハイドレーションバッグを身に着けていた。「これ、いいでしょう。この間見つけたの。入るのはお水だけじゃないのよ。ほら!」と左右のメッシュの中に入れたバナナ2本を見せてくれた。本当に明るくて楽しい。

「トモコ、インスタやってる?私のインスタをフォローしてくれたら、お互いにどこにいるか分るでしょう?」ということで、イサベルのインスタグラムのフォロワ―になり、逆フォローしてもらった。バイタリティー溢れる70歳。こうありたいものだ。

それから数日は所々でイサベルと出会った。その度に「調子はどう?」とお互いの状況を確認し、情報交換した。そしてイサベルのインスタグラムをチェックするのが私の日課となった。

途中で体調を調整するために停滞した私とは違い、イサベルはどんどん先に進んでいく。毎日のように動画や写真と共に長い日記がアップされる。どの写真も日記もエネルギーに溢れて、生き生きと楽しく巡礼路を行くのが手に取るように分かる。

最後まで行程の差は縮められず、とうとうイサベルは私よりも3日も早くサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着した。大聖堂の前でストックを高々と上げてポーズするイサベルのインスタグラムを自分の事のように嬉しく思ったけど、会っておめでとう、を言いたかったし、私がもう少し早くに到着できればお互いの健闘を讃え合いたかったのに、と残念に思った。ところが、イサベルのインスタグラムはそこで終わらなかった。彼女はサンティアゴ・デ・コンポステーで1日休息した後、更にフィニステーレ(地の果て)までの巡礼を再開したのだ。ここからはクレアという女性と一緒だ。そのエネルギーには脱帽する。

私がガリシア地方に入った頃からほぼ毎日雨が降っていた。サンティアゴを出発したイサベルのインスタグラムも雨の写真が多くなった。投稿記事には、「今日もきつかった!」と書きながらも写真では満面の笑みで楽しそうに歩いている。

私もサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着し、翌日の大聖堂のミサに出席し、その翌日にフェニステーレへバスツアーで行ってみることにした。さすがに歩きで行くのは断念した。早朝に出発し、ランチも含めて何か所か寄った後にハイライトのフィニステーレに着いたのは午後3時を過ぎていた。朝から降っていた雨は途中から止み、フィニステーレでは真っ青な空が大西洋と溶け合いどこまでも広がっていた。巡礼の0kmポストや岬の先端で記念写真を撮り、集合時間に遅れないように早めにバスに戻ろうと歩いていた。

駐車場は岬から坂を少し下ったところにある。すると、逆方向から坂を上ってくる巡礼者が二人。紛れもなくイサベルとクレアだった。

こんなことがあるのだろうか。もう逢うことは叶わないと諦めていたイサベル。イサベルは相変わらず赤いキャップと赤と黒のウインドブレーカーを着ていた。

「イサベル!イサベル!!」と叫びながら私は彼女に駆け寄った。イサベルも直ぐに気づいてくれた。涙の再会だった。このまま日本に帰ればもう二度と逢えないと思っていたのに。お互いに抱き合い、キスをして再会を心から喜んだ。「イサベル、フィニステーレへの到着おめでとう!あなたのインスタに励まされて私もサンティアゴ・デ・コンポステーラまでたどり着いたのよ!もう逢えないと思っていたの。逢えて本当に良かった!」

この時の二人の写真は顔が涙でぐちゃぐちゃだ。それでもイサベルは当日のインスタグラムに私との再会の写真を記事と共に載せてくれた。

この最強の70歳はサンティアゴ、フィニステーレ巡礼の後もあちらこちらを旅していて、インスタグラムが常にアップデートされている。そして今でも私がインスタグラムをアップすると直ぐに「いいね!」を押してくれる。

私は目指すべき70歳を見つけた。