ムッシュ・ペルラン*

Essay
ミッシェル


夜明け前に宿を出て歩き始めた。町が終わって草原に入る手前で巡礼路をスマートフォンのGPSで確認した。すぐ後ろを歩いていた人はバックパックを背負っているところから巡礼者だろう。「GPS持ってるんだね。道はこっち?」暗い中ヘッドライトも付けていない。「君の後をついていくよ。道も分からないし、ライトもないんだ」

ライトを用意していない巡礼者はいくつかのタイプに分かれる。
意図的にライトを持たず暗闇を好んで月明かりや星明りを頼りに歩く人。荷物を減らすためにライトを持たず必要な時にはスマホのライトで歩く人。ライト忘れちゃったから誰かにくっ付いて歩きます!の人。

私に声をかけたフランス人のミッシェルはライト忘れた派のようだ。「では、一緒に行きましょう!」と二人で歩き始めた。ミッシェルはフランス人。医師だが既にリタイアしている。仕事を辞めて巡礼に行くと家族に言ったら娘が一緒に来てくれた。と嬉しそうに話してくれた。娘は仕事があるので昨日フランスに帰ってしまい今日から一人旅が始まったらしい。昨日までは経路も、装備も宿も全部娘さん任せだったようだ。「これからは年に何日かはこのカミーノを歩くつもりなんだ」と楽しげだ。


この日は途中に巡礼路“フランス人の道”の名所の一つであるBodega Iracheというワイナリーがある。建物の外壁に蛇口が付いていて、そこからワインが出る。飲み放題、無料。巡礼者へのお接待だ。
道中、私はワインが飲めず、ワインかお水がチョイスできる巡礼者定食ではいつもお水で“かなり損した気分よ!”と話していた。そのため、このBodega Iracheでも写真だけ撮って、ミッシェルが飲み終わるのを待っていた。巡礼者はワインを水筒に入れたり、ペットボトルを慌てて空にしてそこに入れたり、記念撮影をしたりと大賑わいだ。

ミッシェルは自分のバックパックを下ろすとバックパックに括り付けていた巡礼者の印であるホタテ貝をサッと外してそこになみなみとワインを注ぎ、私の所まで持ってきてくれた。

「一口だったら飲めるでしょ。せっかくここまで来たんだから飲んでみたら?」とホタテ貝を差し出す。私は遠慮なく一口ワインを飲ませてもらった。味はよくわからなかったけど、歩いた後のワインは美味しかった。

そしてこの粋なはからいに私はとても感動した。何とスマートで思いやりがあるのだろう。これ、フランス流?ムッシュ・ペルラン。

歩きだしてからワイン通のフランス人ミッシェルにワインの評価を尋ねると、「まぁ、カミーノのワインの味だね」と笑っていた。

アンリ


アルベルゲで同室になったフランス人男性も一人で歩いていた。娘さんをある日突然交通事故で亡くしたと話してくれた。まだ26歳だった。「本当は娘が歩くはずだったカミーノを代わりに歩いている」とスペイン語を話さないアンリは片言の英語とGoogle翻訳機を使って教えてくれた。

アンリとはこの2日後にも同じアルベルゲに宿泊することになり再会したが、とても具合が悪そうだった。私は翌日の早朝に出たが、途中からアンリにメールをした。「とても具合が悪そうでしたが、大丈夫ですか。早く良くなってね。」と。しばらくして返信があった。

彼は巡礼路でコロナに感染し、スペインの病院に4日間入院した後フランスに帰国したとのことだった。それでも短い巡礼の旅は楽しかった。「トモコにも会えたし」と付け加えてくれた。

フランス語で書かれたメールはGoogle翻訳機によって英語と日本語の翻訳がついていた。メールの最後は「たくさんのキスをあなたに」で締めくくられていた。確かにスペイン語でも英語でも親しい友人同士で手紙の最後に書くことはあるが、日本語に訳された文面には少々面食らった。

そして、帰国して年が明けた頃、再びアンリからメールが届いた。日本語に翻訳されたメッセージは今年が良き1年であるようにという思いやり溢れるもので、やはり最後は「私はあなたにキスします」と締めくくられていた。そして私の名前はいつしか「トマコ」になっていた。
ムッシュ・ペルラン。微笑ましいと思うしかない、か。

(Monsieur Pèlerin=Mister Pilgrim=ミスター巡礼者)