旅立ち

Essay

その日はあいにく日本列島に台風が近づいていた。
「お時間が許せば早めに家を出てください」。チケットを購入した旅行代理店の担当者からそんなメールをもらって1時間早く家を出た。
成田空港に向かう電車の中で、ボンヤリと「私、本当にスペインに行く?…」、とスペインに行く事がまるで他人事のように感じていた。


世界中がパンデミックというシールドで覆われた2年半。体と心に大きな傷を負った人はたくさんいたはずだ。

私も2年前に母の旅立ちに寄り添い、様々な「大変な時」を過ごし、気がつけば還暦を超えていた。老後の準備万端、悠々自適な日々を送ろうと45歳でチェロを習い始め、旅行ができるくらいの蓄えも作って迎えた60歳は理想とは全くかけ離れたものだった。その時その時に与えられた仕事を一生懸命やり、ある程度は評価され、家族のためにも私なりに一生懸命頑張ってきたのに。こんなはずじゃなかった!が毎日グルグルと私の中で渦巻く。どうしてこんな私になってしまったのだろう。どこで間違えたのか、私は何か悪いことでもして罰を受けているのだろうか。まるで竜巻に飲み込まれたオズの魔法使いのドロシーのように負のスパイラルの中を漂う日々。

気がつけば周りはそれなりなに日常を取り戻しつつあるのに一人置いてきぼりを喰らったような疎外感に押し潰されそうになる。どんどん自分がイヤになる。しょぼくれた惨めなオバサン、いやおばあさんになった気分だ。私の中に「こんなはずじゃなかった。」が充満して行く。

私には若い頃から決めていた事が一つある。絶対にしょぼくれたおばあさんにはなりたくない。歳をとっても皺皺になっても颯爽と、キリッとしていたい。たとえ足腰が立たなくなっても、せめて小綺麗にして、エスプリの効いたユーモアの一つも言えるおばあちゃんになりたいと。それなのに今の私にはそうなる自信が全くないのだ。そしてこのどん底まで落ち込んだ状況はとても“ちょっとした気分転換”では抜け出せそうにない。

そんな時に漠然とサンティアゴ巡礼を思い浮かべた。

行きたいなぁ。でも遠いし、まだパンデミック収まってないし。しかし一度浮かんだ想いは日に日に高まっていく。想いに濃さと厚みと重さが増していく。やっぱり行きたい。そう思い始めたのは2022年も5ヶ月が過ぎたころだった。

「私、スペインの巡礼に行きたいの」6月の62歳の誕生日を前に初めて夫に打ち明けた。「いいんじゃない。行って来たら?」思いがけない賛同の言葉がすぐに返ってきた。この時に私の中の想いが現実を帯びた形となった。

色々調べた結果、出発の目標は9月中旬で10月いっぱいで巡礼を終える。慌ただしい準備をする中でやっと負のスパイラルから片足だけ抜け出せた気分になった。準備に集中すれば他の事を考えずに済む。本を読んだり、ネットで調べたり、話しを聞きに行ったり、体づくりのトレーニングをしたりと、あっという間に出発の日はやってきた。

旅立つ日、日本列島に台風が接近していたものの、辛うじて飛行機は定刻に出発した。席の前に付いているモニターの“メッカポインター”を物珍しく見ながら本当に日本を出たことを少し実感する。アブダビを経由して、長い長い旅路の末、私はサンティアゴ巡礼の出発地点のSaint Jean Pied de Portに到着した。

町は思いのほか賑わっていた。明日から、または近日中に始める巡礼への高揚感が人々から沸き立っていた。巡礼事務所で巡礼証明書に巡礼開始のスタンプを押してもらう。人々の熱気を肌で感じてもまだ現実と想いがどこかフィットしていない。

翌朝は快晴。初めて泊った巡礼者相部屋の宿で出発の儀式をしてもらいひとり宿を出た。荷物を背負いストックを持ち宿の扉の前に立った時の気持ちの高ぶりは忘れない。どん底にいる惨めな私からの旅立ちだ。