ウルトラライト

Essay

スペインに巡礼に行くにあたって最重要課題は荷物だった。

日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会の必需品の参考リストに沿ってバックパッカー未経験の私が荷物を揃えると、目指す重量の7㎏をはるかに超える9.5kgになった。しかも、メインのバックパックも飲み物も食べ物も入れずに。

途方に暮れた。このままでは到底巡礼の旅はできない。

そんな中、友の会の方に“Hiker’s Depot”というお店があると聞いた。ウルトラライトとかいうアウトドア用品を扱っているらしい。ネットで検索するとその場所は以前に何回か通ったことがあり、そういえば道路に面した窓にハイカーのカワイイ絵が描いてあったあのお店だ、と思った。直ぐにでも行ってみたいと思ったものの、実は登山用品のお店には苦い経験がある。

10年以上仕舞いこんでいた登山靴を履いて高尾山に登った帰り道、あと少しで登山口到着、という所で靴の底がカパッと剥がれたのだ。念のために持っていた結束バンドとガムテープでぐるぐる巻きにして家にたどり着いた。そして新しい靴と買うために登山用品のお店に行ったのだが、そこでは品物を選ぶお客さんの目も真剣なら、店員さんとの会話もプロっぽい。控えめに「あのぉ、靴が欲しいんですけど」というと、「どんな所に行くんですか?」から始まり色々聞かれても返事はしどろもどろになる。店員さんが選んでくれた靴をみて、「でも、色はブルー系が欲しいんです」と言った時、一瞬の沈黙があり、舌打ちとはいかないまでも無言の溜息が聞こえてきた。ただ、この時の店員さんの名誉のために書いておくと、選んでくれた靴とインナーソールはとても満足がいくもので、今でも私のお気に入りでしっかりと足を守ってくれている。用途もはっきりしない素人にちゃんと合うものを選んでくれた、とてもプロフェッショナルな人だったと思う。ただ、その時に伝えるべき事をきちんと伝えられなかったトラウマを引きずっていて、聞いたことのない、ウルトラライト、そしてプロっぽいアウトドア専門店というだけで二の足どころか三の足を踏んでしまう。

藁にも縋る思いでお店に行ってみた。カウンターの向こう側にいたのはウェブサイトに写真が載っていた店長の土屋さん。恐る恐る、「あのぉ、バックパックが欲しいんですけど、軽くないと困るんです。30日以上歩くので、その間の荷物を入れて持って歩けるのが欲しくて…。スペインに行くんですけど」。「もしかしてカミーノに行くの?」さすが、ちゃんとご存じだ。「そうなんです。軽くないと困るんですが、荷物もちゃんと入らないと困るし…」
私は推奨されている必需品を揃えたら9.5kgになってしまい、どうしたらよいのか途方に暮れている、と話したところ、「バックパックを選ぶにしても荷物がどれだけあるか見ないと分からないし、荷物の選び方がわからなかったら、それ全部持ってきて。選んであげるから」とまで言ってくださった。そんな厚かましい…と思いつつもここはプロフェッショナルに縋るしかない。

後日、自分で揃えた荷物をIKEAの大バックとランドリー用の大袋に入れてHiker’s Depotに持って行った。「こっちの部屋で広げて並べてみて!」と土屋さん。床に並べられた荷物を上からサッと見て、「なるほどね!」と一言。「じゃあ、何故必要か、何故いらないのかを説明しながら選別しますね。」とレクチャーが始まった。時折来店のお客様の対応をしながらひとつひとつ丁寧に説明してくれた。

2組持った着替えは「毎日洗濯できるんでしょう。1組でいいんじゃない」。
予備を入れた2枚のフェイスタオルは「ハンドタオルもあるし、1枚で大丈夫」。
大量に持ったティッシュペーパーと除菌ウエットティッシュ「これは、この使いかけのトイレットペーパーがあれば全部代用できるでしょ」全削除。
「この大きな安全ピン。裁縫キットの中にも小さいのが入っているから要らないでしょう」。
シリコンの折り畳み式のコップも「あっ、2つ入ってる。これも1つにしましょう」。
「僕ならこの歯ブラシはケースから外してビニール袋にするな」なるほど。
綿棒に始まり湿布薬や洗濯用のロープ、ハンガー、虫よけスプレー、自撮り棒、半分に切ったピクニックシートにザックカバーなどみるみる減っていく。
「あと、化粧品は軽い容器に必要なだけを入れて行った方が更に軽くなるね」。そうか…

床に広げた荷物は徐々に並べ替えられて、三分の一は不要の部類に溜まっていく。今回は巡礼者宿のアルベルゲに泊まる予定で、そこでは寝袋が必須。「シュラフ用のインナーシーツは必要ですか?」と聞くと、「毎日宿に泊まってシャワーに入ってから寝るんでしょう?だったらシュラフもそんなに汚れないし、臭くもならないから要らないと思うよ」と。確かに、屋外でのテント泊は無く毎日宿でシャワーにも入れるのだから。

そこではたと気が付いた。私は“要るもの”ばかりを考えているけど、土屋さんは“要らないものは何か”を考えている。この違いだ。ものが有り余っている昨今、引き算の思考はなかなか難しい。
また教えてもらったのは一つの物をいかに色々な事に使えるかだ。荷物の選別をしている時に土屋さんはバフをサッと持っていくものに分類した。私としてはちょっと意外だった。でも考えてみればバフは一つあれば、ネックウォーマーとしてもヘアバンドとしても、何かを束ねるためにも使える。これを持てばあれにも、これにも使える。そういうものはあってもいいのだ。

分類してもらった荷物を写メに撮って、メモをしている間に土屋さんは既にバックパックを選んで注文をしていてくれた。私の体形から今は店舗にないSサイズをアメリカから取り寄せてくれていた。「出発の10日前には届きます。間に合って良かった!」と。そして更に選んでもらったサブのバックパックは僅か100g程度で肩パットもしっかりしている。この時の土屋さんやスタッフの方の助けがなければ私はサンティアゴ巡礼のスタートに立てなかったと心から感謝している。

改めてお店の中を見渡すと、選りすぐりの物ばかり。見ているだけで楽しい。今回はバックパックだけをウルトラライトにしたけど、ここにあるものは選ばれし物たちだ。バックパックはどれも軽そうだし、衣類もとても薄くて軽そう。小物にもそれぞれ工夫が凝らされている。山登りやロングハイキングは大きな、重いバックパックを背負っていくもの、というイメージとは全然違う。

こんな世界もあるんだ。すごいな。ひとつひとつの重さだけではなく、要らないものは何かを考える。
ウルトラライトは生き方にも通じるかもしれない。
私とウルトラライトとの感動的な出会いだった。