星のお話し

Essay

大聖堂のある場所はサンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)と呼ばれている。
一二使徒の中で初めての殉教者となったサンティアゴの遺骸は果てしない放浪の末に行方知れずとなる。幾星霜を経て星に導かれた羊飼いが洞窟の中にあったヤコブの墓を見つけて時の王、アルフォンソ2世がその地に教会建てる。その際にその地を“星の野原” (estrella + campo=Compostela)と命名した。
羊飼いが“星”に導かれたたことでも分かるように、星はサンティアゴ巡礼にとって特別な存在である。そして私が巡礼中に印象深かったものの一つが星空の美しさだった。

初めて星の美しさに心奪われたのは巡礼を始めて間もない頃だ。

スペインを含めたヨーロッパの夏時間は毎年3月の最終日曜日の午前1時から10月の最終日曜日の午前2時までだ。日の出の時間は9月で8時過ぎ。10月に入れば8時30分ごろになる。7時前にアルベルゲを出れば1時間以上は夜空の下を歩くことになる。

ふと見上げた夜空には満点の星が輝いている。歩いては止まり、空を見上げ、再び歩いてはまた止まり、空を見上げる。朝はそんな風に星と共に歩いた。その時の感動を毎日つけていたメモに私はこう記している。

「この星空は一度見たら中毒のようにまた見たくなる。夜が明けていくのが分かるのは、大きく光っていた星の瞬きが少しずつ小さくなって、星が遠ざかっていくように見えるから。空が明るくなって夜明けを知るのではなく、星が小さくなって夜明けを知る。」

小さな町から早朝に出発すると、巡礼者が少なく、一人で次の町まで誰とも会わずに歩くこともある。正直、少し怖いと思ったこともあるが、私は星空を見たさに早くに宿を出ていた。

この日の朝も一人でまだ暗い町を出るところだった。空には瞬く星たちがところ狭しと光っている。すると次の瞬間に大きな流れ星がオレンジ色の尾を引き弧を描いて現れ、消えた。一瞬のできごとだった。願い事など考える間もなく、その美しさに圧倒されて暫しその場に立ち尽くした。立ち尽くしたというよりは動けなかった。流れ星が消えた後も星空を見ながら、「この巡礼はきっと無事に終えることができるに違いない。私は見守られて歩いているのだ」と想いを巡らせるのが精いっぱいだった。そんな感傷に浸り、少し涙ぐんだ。何の涙かも分からなかったが人間は感動すると自然と涙が出るらしい。

そのような体験もあり、私はますます早朝に宿を出発するようになった。さすがに美しい流れ星を再び見ることはなかった。それでも、瞬く星を見ながら歩くのは心が穏やかになったし、その時間に色々な事を考えることが出来た。

別の日の朝、草原の一本道を歩いていた。今朝も星が輝いている。ふと空を見上げると、右手に北斗七星そして左手にオリオン座がある。天文音痴な私でも分かる数少ない星座たちだ。そして正面に一段とキラキラと輝くのは北極星だろうか。この時期は金星や火星も美しく見えると聞いたことがある。あぁ、星座のことをもう少し詳しく知っていたらどんなにか楽しかっただろう、と残念に思う。

この道を行き交ったかつての巡礼者たちもきっとこの星々をみて、また星々に導かれてサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指したに違いない。逆に、星々は何百年もの間、巡礼者たちを見守り、コンポステーラへ導いてきたのだろう。星と巡礼者は切っても切れない関係なのだ。