初めての¡BUÉN CAMINO!

Essay

あと5分足りなくてマドリードからパンプローナに行く1本前の電車に乗れなかった。仕方なく次まで3時間半をマドリードのアトーチャ駅で過ごした。パンプローナまでは3時間。長い長い移動だった。

やっとたどり着いたパンプローナの駅。タクシー乗り場に直行すると、5人ほどが並んでいた。大きな駅だし、そんなに待たずに乗れそう。
3台目のタクシーのドライバーが運転席の窓から身を乗り出して「近くで火災が起こっているので周辺は交通規制中です。タクシーがあまり入ってこられないかもしれませんよ!」と知らせてくれた。でもあと2人だし、何とかなるかも。と思っていたら、駅舎から“補助員”のベストを着た駅員に伴われて車いすのご老人夫妻が来た。お先に、の一言もなく私が乗るべきタクシーにサッと乗って去っていった。優先順位からするとこの国ではそれが普通なのだろう。クレームする人もいない。やれやれ、旅のスタートに立つまでにはまだまだ波乱がありそう、と思っていると次のタクシーは直ぐにやってきた。

私のスーツケースを載せるために降りてきたドライバーはステキなワンピースの上に粋にカーディガンを羽織った、私よりも年配の女性だった。既に50人ほどに長く伸びていたタクシー待ちの列に向かって、「火災の為に駅周辺は大幅な交通規制が行われているのでこれからタクシーは駅にはほとんど入れないと思います。同じ方向の人がいたら乗り合いをお勧めします」と言ってから、私の行先を確認して、「誰か一緒でもいい?」と聞いた。私は構わないけど、というと「Centro方面に行く人いますか?」と叫んだ。旅行者らしきバックパックを担いだ女性が一人近づいてきたけど、方向が違うらしい。直ぐ後にもう一人女性が来てドライバーさんと話しをしている。既に車に乗り込んでいた私に「この人と一緒でもいい?」と言うのでどうぞ、と答えた。駅のロータリーを出ると、建物の陰に隠れていて見えなかったけど灰色の煙が空いっぱいに広がっていて火災現場がすぐ近くだったことが分かる。消防車の数も数えきれないほど往来している。何という間の悪い時に来てしまったのだろう。

走り始めて間もなく、ドライバーさんが「もしかしてCaminoに行くの?」と声をかけてきた。「実はそうなの。明日の朝サン・ジャン・ピエ・ド・ポーに行ってそこからスタートするの。」と言うと、同乗の女性が「日本からわざわざ?すごいわね」と。
そしてその女性は急に話題を変えてドライバーさんに向かって、
「支払いの事なんだけど、どうなるのかな?私の行先へ行くのにどれくらい迂回することになる?」
「私は自分の行先までを払うから、その後の差額を払ってくれればいいんじゃない?」と私。
「迂回と言っても、ほとんど距離も時間も変わらないわよ」とドライバーさん。
「私、出張帰りなの。タクシー代は会社に請求できるから、相乗りさせてくれたお礼とCaminoの出発を祝してこのタクシー代は私に払わせて。」

そんな会話があって、結局私はタクシー代を払わずに降りることになった。タクシーが止まるとドライバーさんは私のスーツケースを下ろすために降りてきてくれた。スーツケースを私に渡しながらにこやかに「¡BUÉN CAMINO!」(巡礼者への祝福の合言葉、良い巡礼の旅を!)と言ってくれた。一緒に乗った名前も知らない彼女も窓から顔を出して「¡BUÉN CAMINO!」と祝福してくれた。

初めての「¡BUÉN CAMINO!」は忘れられない一コマとして記憶に残ることになった。